不動産売買・仲介の営業マンの修業は厳しくて当たり前。甘えてんじゃないよ!

不動産業界の営業マンの修業は厳しい方が良い!

と私は考えています。

なぜなら、お客さんの人生を左右するような物の斡旋をする訳ですから、責任感リスク回避能力法律知識等全てにおいて高い能力を必要とするからです。

「ゆとり世代は・・・」と様々な業界で言われますが、とりわけ不動産業界では仕事について自分を捨ててでも責任を全うしなければならない事が多々あります。

休みがどうのこうの、勤務時間がどうのこうの・・・批判を承知で言いますが、そのような人には賃貸の営業位しか務まりません。

だってそんな無責任な人間、自分を優先する人間に何千万もの財産を左右されるのは、普通の感覚の方なら嫌なはずです。

任せれません。

これから不動産業界を目指そうという方は、労働時間は法律通りでいいです。

ただ、いざという時の責任と覚悟だけは常に持っておいて欲しいです。


さて、本題の私の修業時代について振り返っていきます。

無職の○○プロからいきなり不動産屋へ就職

今でも覚えています。

特に不自由もなく、仕事をせずともそこそこの生活が出来ていた時代でした。

不動産屋への就職、不動産業界へ入ったのは大学を卒業後、1年半ほど就職をせず過ごしていた24歳の冬の事です。

宅建の資格も持たない、おまけに就職したことが無い全くの素人が、「3か月で1人前になれるから」という恐ろしい言葉を真に受けて飛び込んでしまいました。

その不動産会社にはちょうど5年程在籍した後、現在に至っているのですが・・・、今振り返るとこの5年間があったので何とか生きていけていると思います。

私が入社した初日の衝撃の出来事

私が不動産屋に入社した日はとても衝撃的でした。

当然初の社会人生活のスタートなので緊張もしていたはずなのですが、あまりにもアグレッシブだったのでその緊張は覚えていません。

衝撃が走ったのは朝礼での出来事です。

私の入社前日までに横領事件が発生していたらしく、その社員の退職と告訴について社長様直々に、声を荒げて怒りをぶちまけていたのです。

不動産屋ってやっぱ怖え~人種だあ
というのが第一印象でした。

朝礼の後すぐに会議室で、毎朝の営業マンのミーティングがありました。

新人なので後ろからついていくと、いきなりパイプ椅子が飛んできました。

私にではなく、少し先輩の営業マンY氏に対してです。

何について怒られていたのか記憶が定かではありませんが、AM9:15~12:00位までY氏はコテンパンにつるし上げられていました。

イスは投げられるは灰皿は投げつけられるは、Y氏は完全にサンドバックでした。

その受け答えを聞きながら、

このY氏はバカな奴だ

と心の中で笑っていたのを覚えています。

横領、告訴、暴力、なんて楽しい会社だと思ったのも事実ですが、しかしこの攻撃がその内私に飛んでくるものであるとは、夢にも思っていませんでした。

私にその矛先が向いたのは1か月も経っていなかった頃だったと思います。

まだ法務局の閲覧等の雑務しかやっていない状況でしたが・・・。

どうも私は怒られるべくして怒られていましたが、なぜ怒られるのかすら解っていませんでした。

この朝のミーティングで繰り広げられる怒りのメソッドは社長だけではなく、その場にいる上司全員から突っ込みを入れられ、サンドバックになる素晴らしいシステムでした。

若造の何も知らない人間では勝てる要素は全くありません

このサンドバックシステムは約1年半位、毎朝、毎夜続いたのです。

正直人間の扱いではありませんでした。

昨今ブラック企業と世の中で言われている会社なんて、私に言わせれば全然ホワイトです。

人間の持っている元々の性格をぶち壊して、新たな戦うマシーンに育て上げる・・・

立ち上がり続けた者だけが生き残っていく、そんな会社でした。

本当は私が言われた暴言の数々を披露したいのですが、あまりにもヤクザチックなので、その一部を別記事にしておきます。


勤務時間と給料体系について

勤務体系についてですが、朝8:40出社で夜10:00前に帰った記憶がほとんどないです。

休みも2週間に1回程度でした。

なぜか?

やらなければならない事が山ほどあり、少し手を抜けばそれをネタにミーティングでつるし上げられ・・・

負のスパイラルというのは正にあの時期の事でした。

今でこそ労働基準法だ、なんだと言われていますが、当時はその知識は実はありましたが、それについては気にしていませんでした。

それよりもやられっぱなしなのが許せなかったのでしょう。

毎日悔しい思いと怒りをもって仕事をしていたと思います。

給料体系は3か月目までは固定給で18万円。3か月目以降は18万円+歩合給という内容でした。

が、この給料体系にも落とし穴が・・・。

不動産の営業会社なので売り上げが無ければ、会社にいないのと同じです。

「会社からすると、給料を払わなければいけない分マイナスである。」 ⇒ ほかの社員に迷惑がかかる。

だからマイナス分の一部は負担しなさい・・・という考え方から、給料からのマイナス制度が設けられていました。

営業成績が1か月0だとマイナス5万円、2か月0だとマイナス7万5千円、3か月0だと社長相談

何とも素敵すぎる給料システムでしょ?

見事3か月0を叩いた新人?の私は、手取り前の給料が9万5千円。労働時間420時間/月

時給に直すと226円程の切ない時代を過ごしたのです。

この待遇面も私には当たり前の感覚となっていたので、やはり他の企業のブラックがホワイトに思えます。

ブラック企業
© タイトル:ブラックジャックによろしく 著作者名: 佐藤秀峰

しかしやっぱり黒すぎる黒!北朝鮮の様な会社

一般社会では完全な黒です。ブラックどころか・・・黒光りしています。

今思えば完全に北朝鮮と同じ体制でした。

私が在籍していた間、新卒採用が毎年1ダース・・・12人ほど採用されていましたが、生き残っている人間は1人しか知りません。

その1人も本社勤務の本社育ちではありませんので、純粋なブラック教育は受けていません。

純粋なブラック教育を受けて生き残った人間は0です。

殴る蹴る、給料マイナス、毎日サンドバック・・・いい事なんて全く無いはずなのですが・・・

賢い人は1週間で辞めていました。私の在籍期間では100人くらいの出入りがあったと記憶しています。

教育しても無駄なので、”自力で生き残らない人間は要らない”という体制でした。

当然当事の離職率は県内NO.1でした。

職安に行ってその会社のカードを受付に出すと、「やめておいた方が・・・」という素晴らしい誘導をしてくれていたそうです^^

ほんと、ヒドイ会社ですねえ・・・

要は不動産業というのは、それくらい厳しい環境で修業すれば、独立できるだけの能力が身につくし、責任ある業界だという事です。

責任を持てる大人に育つ

これは結果論ですが、現在ではその会社に5年以上勤務していた人間は、そのほとんどが独立し、自身で開業しています。

厳しい環境に身を置く事で、外の世界が非常にぬるく感じるんですね。

こんなに簡単な事でいいのかしら?

と思えるほど、皆さんスムーズにビジネスを展開しています。

今の時代では完全にOUTな事である事は十分理解してます。

ですが、追い込まれて発揮する身につく事が確かに存在するってことです。

競合にさらされる中で、どう戦い、生き残っていくかを常に頭に描ける人間になり、お客さんに対する責任を持てる人間になれるかを、体に叩き込んでもらったと思っています。

無職のままそれなりに稼いでいる情況のままであったならば、確かにお金には困らないかもしれませんが、社会を渡り歩く能力は身についてなかったでしょう。

厳しい修行をするかどうかはその人次第ですが、自分の言葉や行動に責任を持てる人間にならないといけませんね^^

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売買仲介がメインの不動産屋と農地の転用のプロである行政書士業務を営んでいます。 任意売却(住宅ローン問題)・農地転用・自己破産・相続相談・離婚相談をメインに世の中の人から「使える人」と言われるべく活動しています。